あえて語らなかった、これまで
焼鳥屋のカウンターというのは、まことに罪深い場所である。 8席ほどの白木の一枚板。その向こうで、備長炭が音もなく赤く熾っている。炎は立たない。串が炭の上に置かれ、じりじりと脂の粒が浮きあがってくる。あの香りを嗅がされた時点で、こちらはもう負けているのだ。今日はおかわりはせずにコースに出てくるものだけで帰ろう、などという決意は、最初の1本が目の前に置かれた瞬間に消えてなくなる。私はこれまで、その場所で何度となく自分の意志の弱さを確認してきた。
そして、あるときから気づいたことがある。「これは何の鶏ですか」と尋ねると、返ってくる答えが、やけに同じなのだ。 髙坂鶏です、と。
フランスのブレス鶏に負けない鶏を、と志して20年あまり。今や世界最高峰とまで言われる髙坂鶏である。品種は何か、どんな環境で育てているのか。訊きたくなるのが人情というものだろう。ところが公式サイトを隅から隅まで眺めてみても、書いてあるのは概要ばかり。肝心なことは何ひとつ載っていない。メディアに取り上げられる機会はあれほど多いのに、養鶏のスペックも技術も、長いこと黙して語られてこなかった。 まるで門外不出の秘伝ではないか。食い意地の張った私などは、つい、そう勘ぐってしまう。
しかしそれは誤解だと、生産責任者の髙坂英樹氏は言うのだ。
「隠すつもりは一切ありませんよ。端的に言うと、技術を語る時機が訪れていなかったというだけです。物事の捉えられ方は、状況によっていかようにも変わるでしょう? 時流を読まないまま情報を明かせば、本来伝えたいものとのすれ違いが起きてしまう。その懸念があったんです。
ただでさえ、私が実践している養鶏技術と理論は、業界の常識からかけ離れている。素直に理解してもらえる受け皿が、正直、見当たりませんでした。加えて、公害を理由とした申し立てを受けて長い係争が続いていました。事実無根の話でしたが、そういう状況ですから、謂れのない誹謗中傷の火種になるリスクもかなり高い。情報を公開することが自分にとってプラスになるどころか、お付き合いのある料理人の方々にご迷惑をおかけする可能性も見えていた。まずはそれを避けようと。それに、ブランドというものについて、私にはずっと引っかかっていることもありましてね」
穏やかな口調である。
こちらは串を口に運びながら「この鶏は何が違うんですか」などと軽々しく訊いていたわけだが、その問いの向こう側には、20年分の沈黙があったのだ。少々、決まりが悪い。
いま明かすことの意味
その髙坂氏が、2026年の夏、自ら築き上げた養鶏技術のすべてを公開すると決めた。一転、である。
「きっかけは幾つかあります。まず、公害問題について、当方に一切の非がないと司法の場で認められたこと。これがひとつの区切りでした。そしてもうひとつが、食べログです。 『焼鳥』で検索して全国の上位10軒を見ると、そのうち5軒がうちの鶏を使っている店なんですよ(2026年7月時点)。
うちの鶏が最高峰だと謳うことは、誰にでもできる。もちろん自信はありましたが、いくら声を上げたところで実績がなければ、何の根拠も信憑性もないでしょう? 上位に何軒も入っているというのは、髙坂鶏が世間から高い評価を受けている証です。数字という明確な実績を得た今なら、世間からポジティブな関心を引きつけやすい」
全国の上位10軒のうち、5軒。半分である。
私は数字にはあまり心を動かされないほうだが、これには唸った。なにしろ予約の取れない店ばかりなのだ。何ヶ月も先まで席が埋まり、電話をかけては断られ、それでも諦めきれずにまた電話をかける。そういう店が、同じ農園の鶏を焼いている。私が長いこと恋い焦がれてきたものの正体は、この人の育てた鶏だったのだ。
そしてもうひとつ、氏が言うところの「受け皿」——技術を受け取り、なぜそうなるのかまで含めて世に伝えてくれる存在の不在も、解消されたのだという。
「料理家であり作家でもある樋口直哉さんとの出会いですね。作り手でありながら優れた食べ手でもあって、フラットな視点で理論的に料理を解剖し、わかりやすく説明ができる方です。情報を精細に受け取れるだけでなく、分析力と発信力も併せ持っている。樋口さんの存在を知った時に、待った甲斐があったと確信しました」
待った甲斐があった。20年あまりが、この一言に収まってしまうのである。私など、目の前の串が焼き上がるまでの5分すら待てないというのに。
髙坂鶏にまつわるすべては、これから少しずつこのサイトで明かされていく。食い意地の張った人間としては、正直、たまらない。次回を待つあいだに、私はまたどこかのカウンターで、白レバをもう1本、とおかわりを頼んでいるのだろう。